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福島 晋一選手レポート

「ツアー・オブ・ジャパン 2013」を終えて
~勝つための集団 Team NIPPO - DE ROSA~

今年からTeam NIPPO - DE ROSAに加わり、これまでの豊富な実戦を活かし、チームの底力を向上させている福島 晋一選手。選手の目線から見た「ツアー・オブ・ジャパン 2013」の全行程をレポートして下さいましたので、ご紹介します。

大会前:アレドンド失踪事件

レース前、内間選手とアレドンド選手が1週間、バリアーニ選手、カンパニャーロ選手が3日間、新しくオープンした飯田の上村合宿所に滞在した。
ボンシャンス(編集注:福島選手の故郷、長野県飯田市をホームタウンとするロードレースチーム)の選手のお母さんが、イタリア人向けの料理を作ってくれて、みんな大満足だった。

練習コースは、アレドンドは標高2000mのシラビソ峠(長野県飯田市上村)に1回登ったが、バリアーニとカンパニャーロは直前に着いたこともあり、上村から天竜村を通って、温田、TOJコースを周回、赤石峠を通って上村に戻るコースを3日間走り続けた。このコースは3時間で信号が1個しかない。

このアレドンド選手、東京から大門監督に送られて、伊那から飯田まで一人で自走中にどっかに行ってしまった。
飯田市の観光課から連絡が入り「アレドンド選手らしき人を見かけたが、ポリスに行けと言ったら、逃げてしまった」という。
もうすぐ日暮れである。
日が暮れた時にツイッターで伊那近辺の人に情報を求めた。
300人の方がリツイートしてくださり、大騒ぎになった。
夜9時半。
ついにアレドンドと連絡が取れた。
着たメッセージは
「fukushima hihihi....」
いやはや、なかなか打たれ強いお方です。

夜6時のバスに乗って新宿から渋滞の中、帰った自分は、朝、東京を出たアレドンド選手よりも早く飯田に着いた。アレドンド選手を上村の寮に案内して、家に帰った時には、時計の針は朝の3時を指していた。

翌日の練習はシラビソ峠を登った。
アレドンドが行方不明にならないように必死についていった。
赤石峠を登っている時に、いつもペースを上げる自分のアタックポイントでアレドンドがアウターにギヤを上げて、ぶっ飛んで行ってしまった。
登りの調子がいいと思って練習していた自分はそれを見て、逆に踏むのをやめてしまった。
いかんぞ、いかんぞ。

バリアーニが来てからは、アレドンドも少しゆっくり登るようになってくれた。
3日間、いい練習をして、自分の家族も紹介して、飯田から大阪に移動した。
バリアーニは子供が大好きでうちの娘も可愛がってくれる。

大阪国際ユースホステルは6人部屋。
他のチームの日本人選手は文句を言っていたが、イタリア人選手は文句を言わない。
それなりにみんな苦労してきているからかな? 勝つためにはいいホテルに泊まる必要はない。豪華な食事も必要ない。

第1ステージ:堺ステージ(5月19日(日))

大阪ステージ、応援に来てくれる人はいつも決まっている。
久しぶりに会って、会話に花が咲きそうになるが、レースがあるのでそういうわけにはいかない。
総合に関係ないクリテリウムでは、余計なところで落車はしたくない。
アタックしたがつかまり、後半はランプレが列車を組んだのでそのまま任せてゴール。
優勝はリチェーゼ選手。
途中でオーストラリアの選手が「フクシマ」といっていたので、
「ハイ」と答えたが、後でジャイ・クロフォード (コンチネンタルチームのヒューオン サーモン・ジェネシス ウェルス アドヴァイザーズ所属)と知った。
彼とは古い仲だ。
大阪ではホテルのある公園からレース以外は一歩も出なかった。

第2ステージ :美濃ステージ(5月21日(火))

快晴の長閑な天気。
美濃のいつもの長閑な雰囲気の中、レースはスタートした。
年々、応援してくれる人が増えている気がする。
美濃ステージはスタート地点の雰囲気がいい。通りを車と人がごった返すので盛り上がる。

会場で韓国とタイの元チームメイトたちと写真を撮った。
ソンベとジュニオン(共にコンチネンタルチームのKSPO所属)は梅丹時代、キム(日本のマトリックス パワータグ所属)とチャンジェ(中国のチャンピオンシステム・プロサイクリングチーム所属)はトレンガヌ時代、クムサン時代のチームメイト・バスはOCBC シンガポール・コンチネンタルサイクリングチーム所属。
今回は僕の紹介で小嶋さんがKSPOチームのマッサージをしてくれている。
アジアの友人たちも勢ぞろいだ。

僕へのオーダーは「明日に向けて無駄な力を使うな」というもの。
これは難しい。
自分は逃げた次の日が調子いい。
しかし、最後まで温存した時の方が、成績が出ているのは事実。
自重するのに苦労した。

スタート後、最初の登りで逃げに乗るチャンスがあったが、韓国の2人を見送った。
チャンジェとKSPOの若手2人の3人が飛び出していった。
一時10分まで差は開いたが、後半、ペースが上がった集団に、1人は下りで落車し、2人は1人ずつ吸収された。

最終周回、アレドンドが登りでアタックして追従する選手をちぎりながら、ファンティーニの選手を引き連れて飛び出していった。
2人という人数はちょっと少なかったようで、アレドンドは残り1kmで捕まって集団スプリント。
ランプレ・メリダ所属のマックスが勝つかと思われたが、ソンベがスプリントを制した。
韓国人選手、大活躍である。
Team NIPPO - DE ROSAからはカンパニャーロが7位に入った。
アレドンドは10位。
自分としては不完全燃焼であったが、飯田ステージに向けて登りのフィーリングはいい。
最終ステージだと思って挑む。

第3ステージ:南信州ステージ(5月22日(水))

南信州ステージは特別な思いで挑んだ。
このステージを狙うことは最初から言っている。
ただ、どうやって狙うか?

バリアーニやアレドンドと練習して、彼らが本気でアタックしたらついていくのは困難である。
だから、最初に大門監督に「出来れば先に行っておきたい」と伝えて了解してもらった。

快晴の下、会場に着き、牧野・飯田市長をはじめ、多くのサポーターの人に会う。
メディアに応えながら、慌ただしくスタートの時を迎えた。
パレードの際はボンシャンスの選手3人と市長と共に、集団、さらに前を走らせてもらった。

水神橋を過ぎてレースがスタート。
登りで10人ほどが抜け出した。
2周目にアタックすると、6名の逃げになった。
差が3分まで開いてから、先頭を引くのをやめた。
ここで脚を使って、しかも後ろからエース、バリアーニとアレドンドが追いつきにくい状況を作るわけにはいかない。
自分も優勝候補がチームメイトにいるメリットを生かして、脚を温存できるし。
チームメイトも楽して自分に追い付くことができる。

ただ、心情的には穏やかでもない。
同じ逃げに乗るランプレの選手が自分に前を追うように迫ってきたし、積極的なレースを信条としている自分が逃げの中で先頭を牽いていないことはあまりカッコよくはない。
ただ、牽きたくない、牽きたいの問題じゃない。
作戦上、牽いてはいけないのだ。
ここで、ランプレの選手に怒られたからって、牽いてしまったのではちゃんと自分の仕事をしたことにならないのだ。
ランプレの選手が自分に牽けと迫ったのも、これはこれで彼の仕事として言ったにすぎない。
「こいつ、あほで、俺に言われたからって牽いたりしたりしちゃったりして」と試してみたにすぎない。

中盤になって追撃集団が迫ってきた。
バリアーニとアレドンドが乗っているかと思ったが、数人の選手と共に来たのはシモーニだった。
シモーニは追い付くのにかなり脚を使ったようで苦しそうだ。
そして、11人になった集団からファルネーゼの選手がペースアップ。
ついていけたのは自分とシモーニのみだった。

残り3周。
Team NIPPO - DE ROSAとしてはいい形を作れた。

しかし、残り2周の登りで、ファルネーゼの選手の独走を許してしまう。
自分は単独でその選手を追っていたが、後ろから来た集団に吸収された。
そこに大御所・バリアーニとアレドンドがいた。
ここで、自分の先頭にいる役割は終わり、次の役割は前に単独で逃げるファルネーゼの選手との差を最小限に抑えて、登りで2人を解き放つことだ。
最後の力を振り絞って先頭を引いたが、バリアーニも先頭交代に加わる。
自分にも脚を温存するようにというメッセージのように感じたが、どう考えても2人の方が脚がある。
アタックのきっかけになればと思い、最終周回の登りで、下からアタックして集団の崩壊を狙ったが、集団は反応しなかった。

そこで最後の力を使ってしまった自分は、登りで遅れて3分遅れの10位でゴールした。
チームのステージ優勝を期待しながらゴールしたが、どうもゴールの雰囲気で違うようだ。
普通なら、「おめでとうございます」とか「優勝しましたよ」という声がかかるのだが‥‥。

ガッツポーズはやめて、観客に感謝の気を込めて手を振りながらゴールした。
優勝していたら、ゴール前に誰か教えてくれることが多いからだ。
ファルネーゼのデネグリ選手がステージ優勝。
総合リーダーはアレドンド、2位はバリアーニ。
団体総合も1位になった。
沢山の人に応援されて、選手冥利に尽きる1日だった。

今日は暑かったが、脚がつらなかった。
梅丹から出ている「ツーラン」をとっているおかげだ、
チームメイトもそれに気が付いて内間選手も「つらないですね」と言っている。

第4ステージ:富士山ステージ(5月24日(金))

前日は山中湖を1周してから、富士山に登った。体は重く感じる。
しかし、飯田のフィーリングは良かった。
今回は初日以外、天候に恵まれている。

スタート前にアレドンドが、
「今日は去年よりも早く登る」と自分に言ったので、暴走してジャージを失わなければいいがと思う。

気合を入れてスタートしたが、最初のペースアップでポジションを下げてしまった。
喘ぎながら5分遅れで30位でゴール。
総合10位から16位まで落ちてしまった。

ヒューオン サーモン・ジェネシス ウェルス アドヴァイザーズ(オーストラリア)の選手がステージ優勝。
タイムはコースレコードらしい。
5秒遅れで2位のバリアーニはリーダージャージをアレドンドから獲得したが、結構きつかったようだ。
アレドンドは1分40秒を失ったが、総合2位は変わらず。
いよいよ、明日は修善寺ステージ。
自分の出番だ。
ほぼ、3人でのコントロールになる。

第5ステージ:伊豆ステージ(5月25日(土))

今日守れれば、(Team NIPPO - DE ROSAの個人総合優勝は)ほぼ大丈夫だという伊豆ステージ。

アレドンドとバリアーニを温存して、残る3人でコントロールする事を思えば不安もあったが、レースがスタートしてみれば、ステージ優勝を狙うファルネーゼが2人出してくれたので、カンパニャーロを温存して4人でのコントロールであった。

6人逃がして、差を3分前後で維持した。
ファンティーニの2人は、富士山も最初のけん引役だった選手で完全に前座のアシストだ。

なんだか、親近感を覚える。
自分は出来れば自分の総合順位も大事にしていいと言われていたのではあるが、残り5周からファンティーニの選手が前とのタイム差を詰め始めた時に一緒になってペースアップしていたら、残り3周で彼らがやめた時に自分も遅れてしまった。
調子は良かったのだが、ペースアップしてカロリーを消費した時に、補給を十分に取らなかったのが失敗だった。
そこから流してゴールした。

今日は沢山の応援が来てくれていた。
康司(編集注:福島選手の弟。元ロードレース選手)も応援に来ていて、隣りをずっと走って応援してくれた。
そういえば、康司が自転車を始める前に、宇都宮で行われたインカレ(全日本学生選手権大会)(1994年)でも、千切れた自分の隣りをずっと走って応援されて、こっ恥ずかしかった事を思い出した。
さすがに今日は息切れしていたが‥‥。

それにしても今日も沢山の人に応援してもらった。
路面にもペイントがされていて、千切れてから良く観察しながら走る事が出来た。
ありがとうございました。

ジェネシスの選手がステージ優勝。
バリアーニとアレドンドの総合は1位・2位のまま、団体首位もキープした。
後1日。

最終ステージ:東京ステージ(5月26日(日))

朝から曇ってはいたが、徐々に晴れてきた。

スタート会場の日比谷公園は、例年のごとく長閑な雰囲気で、知り合いの方に声をかけていただき、時間は過ぎていく。
今日は自分の子供も応援に来てくれて、娘などはようやく父の姿を集団の中に見つけられるようになってきたのも嬉しい事である。

レースは、スタートしてからハイペースで進み、1周目はなかなか苦しんだが、2周目にブリツェンの中村選手が飛び出すと、自分が先頭で徐々に差を開く事に成功した。
追っているように見せかけながら、徐々に脚を緩めて差を開いていく。
この際、逃げは速い方がいい。
差が中途半端だと、追撃でアタックをする選手が現れるからだ。

差は2分程度まで開くと、ファルネーゼの選手が牽いて1分程度まで詰めて、そこから自分たちが牽いて2分程度まで開くの繰り返しだ。

残り2周でチームメイトのシモーネが牽いた時に、ペースを上げ過ぎて40秒まで詰めてしまった。
何をしやがんだ!

そして、2周で前を捕まえてしまい、 そこから、違う宇都宮ブリッツェンの選手が逃げ始める。
そして、ドラパック サイクリング(オーストラリア)とチャンピオンシステム(中国)などの速そうな選手の逃げが残り1周で飛び出す。
ここまできたら、捕まえるのは自分たちの仕事ではない。
ランプレ・メリダ(イタリア)はまだ出て来ない。
ブリヂストンアンカーが3人で追い始めるが、差はなかなかつまらない。
そして、残り3kmで、周りの選手が上がってきたところでお役御免。
そのまま集団でゴールした。

こうして、「ツアー・オブ・ジャパン」は終了した。
去年は他チームとして、Team NIPPOの成功を指をくわえて見ていた自分であったが、今年はその中に入る事が出来た。

1つの仕事をやり終えた充実感と程良い疲労感を覚えながら、熊野に向かう!

NIPPOチームに入って思う事は、勝つために必要な実力を持つ選手が、しっかりコンディションを合わせてレースに挑んでいる。
ふざける時はふざけるし、やる時はやる。
体が締まっている。

このチームに入って、沢山の事を学んでいる。
やはり、勝つチームには勝つ理由がある。