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福島 晋一選手レポート

「ツールド熊野 2013」を終えて
~力を発揮した Team NIPPO - DE ROSA~

個人総合優勝を果たした「ツアー・オブ・ジャパン 2013」から1週間後。黒潮の太平洋と熊野の奥深い山中を舞台に展開された「ツールド熊野」でも、Team NIPPO - DE ROSAがアレドンド選手の個人総合優勝、バリアーニ選手の準優勝、そして、チーム総合優勝を収めました。トータル4日間の熱戦の模様を、福島選手のレポートからぜひ感じてみてください!

プロローグ:新宮市市田川沿いタイムトライアルコース(5月30日(木))

超テクニカルな800mのコース。
途中の折り返しをどれだけブレーキをかけずに回るかがカギとなる。
自分の出走はチーム最後。
気合を入れて、アップして挑んだが気合を入れた事を隠したくなるほどの平凡なタイムだった‥‥。
チームメイトは内間の11位が最高。
アレドンドはろくにアップもしないでスタートしたが自分よりも速かった。

第1ステージ:赤木川清流コース(5月31日(金))

ホテルからスタート地点は200mほど。ゆっくり準備をしてスタートした。

パレード中、ブリヂストンアンカーのフランス人選手やいろいろな選手と話す。

スタート後、狭いトンネルなどナーバスなコースに、ペースを上げたい衝動に駆られる。

中盤、Team NIPPO - DE ROSAがペースを上げた。
チームメイトが前でペースを上げているが自分は前に上がれない。
3kmかけて前に上がり、一緒に仕事をした。
他のチームなどの協力者は現れず。
後ろは1分、後ろも必死になって追っている事だろう。

バリアーニもアレドンドもローテーションに加わる。
バリアーニは強い。
アレドンドはペースを上げてすぐに替わるから、逆にきつい。
自分もまわったり、後ろに下がったりを繰り返しながら全開で走った。
疑問もなかったわけではない。
脚を見せることで、更にマークがきつくなること。
また、エースまで加えて引いているが、スプリンターがいるわけではないので、この努力が報われない可能性がある。

ただ、勇気ある方針展開も時には必要だが、自分たちだけでもやり遂げる決意も必要だ。

残り1周で、1分差があったが、ゴール直前に第2集団が追いついてきた。
そのまま、スプリントになってヴィーニファンティーニ・セッレイタリアの選手がワンツーフィニッシュ。
彼らに随分感謝されてしまった。

結果には残らなかったが、ただTeam NIPPO - DE ROSAの強さが印象に残ったレースになった。
チームとしては、誰も後悔はしていなかった。
自分たちも消耗したが、乗り遅れた愛三工業レーシングチームやブリヂストンアンカーも消耗したからだ。
先頭で攻撃して脚を使ったほうが、振り出しに戻すために脚を使うよりは精神的なダメージは少ない。

ただ、4位でゴールしたシモーニだけは不機嫌だった。
後で知ったが、27歳の誕生日だったのだ。
勝ちたかったのであろう。

ゴール後、ホテルの裏の散歩道を、コーヒーを片手に歩いた。
レース後、自分は歩く事はいいと思っている。
熊野市の名勝「鬼が城」は、巨大な岩塊が隆起した雄大な風景で、チームメイトを誘わなかった事を少し後悔しながら歩いたが、途中から引き返せなくなった。
最後まで見たくなってしまったのである。
反対側にあるひなびたレストランも興味があった。
チームメイトと来ていたら、皆途中で帰ったであろう。
自分は性格的に行きたい所には行かないと気が済まないたちである。
たとえ、そこが大したことがなくても、自分の目で見ないと気が済まないのである。
ホテルに帰ると、フェイスブックの写真を見たアレドンドが、
「どうして、俺を誘わなかったんだ? もう、友達じゃない!」
といじけていた。

第2ステージ:熊野山岳コース(6月1日(土))

昨日は、力は見せたが、リードは奪えなかった。
今日はリードを奪わなくてはならない日だ。

札立峠でリードを奪って、その後は逃げ切る作戦だが、そこで前に逃げている選手が合流する事をバリアーニは嫌っていた。
だから、そこまでの差を最小限にする必要があった。

序盤から5人の逃げが決まって、それをリーダーチームのヴィーニファンティーニ・セッレイタリアと共に差を詰めていった。
ブリヂストンアンカーはチームを挙げてTeam NIPPO - DE ROSAを崩しに来た唯一のチームだった。
序盤から捨て身のアタックをして、こっちを消耗させに来た。
その作戦は分かるから出来るだけ惑わされないように心がけた。

大門監督からは、自分もできれば温存して、登りを前で越えろという注文であった。
日本のレースではもちろん日本人が活躍出来ればいい。
ただ、単純に今回のメンバーは、日本人以外はチームで登りに強い選手を上から3人連れてきている。自分の判断で、自分も温存しないで序盤から先頭交代に加わった。
札立峠の手前で逃げを吸収。
そして、峠の登り口でペースアップして、後はクライマーに託した。

ふもとでオールアウト状態まで追い込んでから、回復しながら登っていたらヴィーニファンティーニのアシストたちが
「ピアーノ。グルペットォー」
と叫びながら登っている。

周りの日本人選手は聞く耳を持たない。
もちろん、聞く必要はない。
日本では数少ないUCIレース。
選手によっては参加費まで払って参加しているのだから、頑張って1秒でも早くゴールするのも自由だ。
逆にエースを見送った自分やヴィーニファンティーニの多くの選手は、ダメージが少ない方法で走った。明日に力を温存するのがアシストの仕事だ。

30人ほどの集団が出来上がって、そのメンバーでゴールを目指した。
ゴール後、アレドンドとバリアーニの2人が逃げ切って、リーダージャージも獲得した事を聞いてほっとする。
楽ではなかったはずだ。
差は20秒ほどだったと言うし、明らかに周りのチームはTeam NIPPO - DE ROSAをターゲットにしていた。その中でしっかり勝った事は評価したい。

明日はリーダージャージを守る走りだ。
不安はない、楽しみでもある。

第3ステージ:太地半島周回コース(6月2日(日))

空は曇り。
しかし、レース中に雨が降らなかった今年は稀である。
よほど、日ごろの行いが良いからであろう。

スタート前に、E1カテゴリーの「黒潮ロードレース」が先に行われ、ボンシャンスボンシャンス(編集注:福島選手の故郷、長野県飯田市をホームタウンとするロードレースチーム)の金子選手が優勝した。
飯田で共に練習していた選手だったから、アレドンドもバリアーニも一緒に喜んでくれた。
弾みがつく。

今日はNIPPOのマスコット「ミッチーくん」も遠路はるばるやって来てくれた。
前回、登場したのがツアー・オブ・ジャパンの東京ステージ(5月26日(日))だったから、タイミングがいい。

レースがスタートして、先頭でバリアーニがガンガンふむ。中盤でスタートした自分はなかなか前に上がれない。

登りを利用して、先頭付近まで上がった時に、アレドンドがメカニックトラブルで下がった。

ほいきた!

一緒に上がって行く途中で、今度はアレドンドが選手と縁石の間に挟まれて落車!

なんてこった!

縁石の上に脚からもろに落ちるところを見て、折れてないか?と心配したが、さすがアレドンド。
すぐに立ち上がり、けろっとしている。

代車に乗り換えて再スタート。
紳士協定で、集団はアレドンドを待ってくれた。

その時、アタックしていた3人の逃げが決まって、1分差。
アレドンドの落車で最初の激しいアタック合戦に終止符が打たれた状態だ。

「ナイス、落車!」
である。

そこからは自分たちのお仕事だ。
1分差を維持しながら、牽き続ける。

誤算はスプリント勝負に持ち込みたいヴィーニファンティーニが、1人しか先頭交代要員を出さなかったこと。
もう少し出してもいいんじゃないか?

「昨日、一昨日は、こっちは3人で引いたんだぜ‥‥」
と言いたくなるが、イタリアチームはそこらへんは調子がいい。

代わりに、西谷選手でスプリントを狙う愛三工業レーシングチームが1人出してくれた。

5人でコントロールして、周回を重ねていく。

後半、残り周回が分からなくなり、中根選手に
「あと何周だっけ?」
と聞くと
「次、最終周回です!」
との答え。
「このおっさんやる気あるのかよ?」
と自問自答する。

最終周回を前に、前を捕まえそうになったので、少しペースを落とす。

最終周回の登りで、ブリヂストンアンカーの伊丹選手がアタック。
いつもは自分が行っていたところであるが、今回は抑える側だ。

最後の下りを前に、逃げを全部捕まえて、残り800mまで先行した。
そこで、ヴィーニファンティーニの選手に先頭を譲り、チームメイトのカンパニャーロがいいポジションにいる事を確認して、流して集団でゴール。
またもや、ヴィーニファンティーニのワンツーフィニッシュで、カンパニャーロは3位に入った。

もちろん、集団ゴールのため、トップとのタイム差はなく、総合優勝はアレドンド、2位はバリアーニ。団体総合、山岳賞もいただきだ。

レースを終えて、遠くまで応援に来てくださったNIPPOの社員やご家族をはじめ、皆さんに挨拶をして、餅まきをした。

表彰台で進行役のガラパさんからアレドンドの通訳を頼まれたので

「今日はしょうもない落車をしてすいません。自分を待ってくれた集団の皆様に感謝しますと言っております」
と訳したが、その場にいた人なら分かると思いますが、そんなことは言っていません。

「チームメイトと関係者の皆様に感謝します」
とありきたりの事を言ったので、シャンパンの酔いも手伝って、ちょっと脚色をしました。

「日本に着いた時に、道に迷って皆様にご迷惑をおかけしました」
と付け加えとけばよかったな。